最後にありがとうと言えたなら ~亡くなった方が教えてくれたこと~

大切な方とのお別れの仕方をご遺体が教えてくれました

穏やかなの顔を目指して

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誰もが大切な人の死は安らかであってほしいと願います。
 
私の父は癌でなくなりましたが、病院で過ごした最後の数時間、人の死が静かであることに驚きました。呼吸が少しずつ、深くゆっりとなり、体に付けられた計器の音だけが病室に響いています。
 
決して苦しんでいなかった父の顔さえ、黄疸で顔色が変わり、抗がん剤の影響で痩せて髪や眉毛もなくなっていました。その顔は体を動かすことが好きだった元気な頃の父の顔とはかけ離れていました。
もう苦しくないんだね、そう思うのが精一杯でした。
 
葬儀までの数日間に、徐々に私の頭の中には「なんで〇〇しなかったんだろう」という言葉が溢れてきました。
何でもっと会いに来なかったんだろう。
何でもっと話しをしなかったんだろう。
何でもっと孫に会わせてあげなかったんだろう…。
 
葬儀の日程が決まり、納棺士さんが自宅で化粧をしてくれました。私が初めて会った納棺士さんです。
 
黄疸を隠す為の父の化粧は、生前の父とはかけ離れてまるで舞台俳優の様でした。しかし、澄ました顔で微笑んでいる父の顔や、着せ替えや旅支度をしていると、ほんの少し私の中の罪悪感が、小さくなりました。
そして私は、納棺士さんが丁寧に父の着せ替えをして、化粧をしてくれたことに感謝していました。
 
父の火葬が終わり、私の前から父の体は消え、頭の中でしか父に会えなくなりました。
 
父の顔を思い出すとき、優しい笑顔と一緒に、最後に見たお化粧した父の顔も一緒に思い出します。そして父はお化粧した顔で旅立ちたかったのかと何度も自分に問うのです。
 
この経験から納棺士になった今もお化粧に関してはできるだけ「その人らしさ」を目指したいと強く思っています。
 
納棺式でご遺族のお手伝いをしていると、私と同じような経験をしているかたが多くいることに驚きました。
以前、身近な人を亡くしその人のお化粧の印象が「その人らしくない」ため、死化粧に対してあるいは、納棺士に対して不信感を持っているのです。
特に男性の化粧は、普段お化粧しない分とても難しいと思います
自然なお化粧を心掛けていても傷を隠したい、顔色が全体的に変わっているなどの場合、まずは隠して、その後その人らしさの再形成をする必要があるからです。
 
時には隠さない、化粧しないを選択されるご遺族もいらっしゃいます。
私たち納棺士は故人にとって遺族にとって何ができるのかを常に考えています。
しかし、最終的な答えを持っているのはご遺族だということを忘れてはいけないと考えます。
 

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自死により命を絶った60代の男性。お顔は、鬱血により赤くなり、遺影の写真とは別人でした。


予め、奥さまと娘さんと打ち合わせをし、お化粧で顔色を整えたい旨をお伝えしました。男性に化粧をすることに奥様は抵抗があるようでしたが、もし、普段のお顔とかけ離れていたら、お化粧落としましょうと提案し、開いていた口を閉じ、少しずつ肌色へと近づけます。
 
ヒントとなるのは写真と、ご家族との会話です。
 
最近は、持病の病状が悪く入退院を、繰り返していましたが、以前はゴルフが好きで庭に作った練習場で、よく打ちっぱなしをしていたそうです。お写真のご主人もポロシャツに日焼けをしたお顔で笑っています。
少しずつ色を重ね、日焼けをしたような肌色に近づけ、最後にファンデーションの下に隠れたそばかすを書き直すと、
「あー、お父さんだ」と奥様が不思議そうに声を上げました。


「昨日まで、違う人の様な気がしていたのよ」

奥様は長く息をはきながら、誰に話しているのか、目線が合わないまま話しを続けます。

 

「だから、死んだのは違う人と思おうとしたのよ、だってその方が悲しくないでしょ」

 

「でも、やっぱりお父さんだった」
 
最後の言葉は独り言のようにポツンと言うと、30代の娘さんを呼びます。
打ち合わせの際、娘さんは、父じゃないと言って、見ることさえも拒絶してました。
娘さんは、しぶしぶ父親の顔を見て、
「こんないい顔してたら文句も言えない。」
そのあとは、話すことも無く悔しそうな、悲しそうな顔でお母さんと2人でいつまでも棺の中のお顔を眺めていました。
 
お二人は、故人との距離が近づくことで死という現実を受け入れなくてはならない、辛い時間となったかも知れません。
しかし、納棺式という時間にしかできない必要なことだと遺族自身が私に教えてくれます。
 
人生の締めくくりでもある、棺の中の最後のお顔は、どんなお顔であってもきっとご遺族の心の中に刻まれます。


お顔はその方がどんな風に生きてきたのかを示す、その人らしさがあります。


優しいお顔、厳格そうなお顔、にこやかなお顔、シワ、シミ、時には傷までにも個々の物語があります。
その顔を私達納棺士が化粧で消してしまわないように、数少ないヒントを模索していかなくてはならないのです。
 
最後に故人に近づき、会話を交わしてもらえるために。思い出す顔がその人らしく穏やかでありますように。
 
穏やかな顔で逝けたら幸せだなぁ
私も棺の中に眠る時、子供達や夫に笑ってお別れをしたいなぁと思うのです。