こだわりの髪型

「故人がいつも付けていたものだからよろしくお願いね」
葬儀会社の方からポンと手渡された毛玉。
これなんですか?聞くと、
「え?髪の毛だよ。」
と当たり前のように答える。少々薄い髪の男性故人とそんな心配なさそうな担当者さんを交互に見返します。この毛をどんな風に付けていたのかいろいろ考え、広げてみたり縮めてみたり格闘しながら、どうにか今ある毛となじませて遺影の写真に近づけました。遺族には会えませんでしたが、喜んでくれるのを祈るばかりです。少なくとも写真の髪型に近づけたことを故人だけはちゃんと喜んでくれているのではないかと思っています。
納棺式では髪を整えるシーンがあります。特に問題がなければドライシャンプーという洗い流さないシャンプーで少しさっぱりしていただきます。その後は乾かしながら生前のこだわりを遺族に聞いていきます。
分け目はどっちから?前髪はおろしていたのか。結んでいたのか、耳にかけていたのかと
正解を探していきます。
どうしても介護や闘病期間が長いとお元気だった頃の髪型ではなくなってしまうこともあります。お世話しやすいように「何もこんなに短くしなくても・・・」と思うほど短くなっている人もいれば、伸びてしまったことを気にしている遺族もいます。
最近は理容とか美容に特化した納棺師もいるようですが、多くの納棺師は髪を切る資格は持っていないことが多く、私も、もし切ってほしいと言われたときはプロではないことを理解していただいたうえで、前髪や耳にかかってしまった髪の毛を切ったり、もみあげを短くしたりを部分的に行っていました。それでも亡くなった方の髪型を気にしていた遺族はとても喜んでくれます。
納棺師の前職は、美容師だったという方も実は結構いらっしゃるので相談すると綺麗にカットしてくれる場合もあります。
50代の男性の故人はとても髪が短かったので、いつも短くしていたのですか?と2人の娘さんに聞くと
「実はこの髪、伸びているほうなんです」と返事がありました。
「父は髪が伸びるのが嫌で、いつも私たちが剃っていたんです。タイミングが合わずに伸びてしまって」とお父さんの髪の毛を申しわけなさそうに触りました。
頭の中で「うーん」と唸ります。本当は娘さんに髪の毛剃ってあげますかと提案したい。だけど全部剃ったらどれくらいの時間がかかるだろう・・・この後、顔色も血色を足してあげたいし…しかも私が持っている剃刀は普段娘さんたちが使っているものと違うかもしれない。傷つけたら後悔することになるかもしれない・・・。何秒かの間にいろんなことが頭をよぎりました。それでも「えーい!!」という気持ちで鞄の中にあった、未開封の顔そり用の安全カミソリを出し「これしかないのですが、お父さんの髪の毛剃りますか」と言いました。まるで付き合ってくださいと手を差し出した人のように両手で剃刀を差し出したまま相手の反応にドキドキしています。
「えー!!いいんですか??」と娘さんの声に顔を上げると二人は顔を見合わせて喜んでます。
もう、この時点でこの後どうなろうと言ってよかったと思えるほどの笑顔です。
娘さんが「私達も、いつも剃る時はこれを使ってました」と私の手から剃刀を受け取ると素早く袋をあけてシェービングフォームを頭に塗り慣れた手つきで髪の毛を剃っていきます。私が手伝ったのは後頭部の髪を剃る際にお顔を左右横にしただけで、あとは二人であっという間に、いつものお父さんの髪型の完成です。
私の心配は全くの無駄でした。闘病中も、1週間に一度は髪の毛を剃っていたので、時間がかからないのも傷をつけることがないのも当たり前です。危なかったぁ、私は娘さんの一番したかったことを危なくスルーするところでした。
決められた時間の中で仕事をしていると、こういう葛藤が時々あります。そして、あの時、私は遺族の想いを叶えるための努力をちゃんとしていたのかを問い続けることになることもあります。

水難事故で亡くなった女性は発見が遅れ状態が悪く、濡れた髪の毛を乾かそうとするだけでどんどん抜けてしまいます。お写真をみると着物姿で髪の毛が艶々とされていました。ご主人が、いつも使っていた櫛を持ってきて髪を梳かしてあげたいという要望に、今の状態を説明しました。結局、髪の毛やお顔はお花で隠し触れることは出来ませんでした。
今でももっと何かできることがあったような気がします。
最近は高齢者であっても美容に気を付けている方がたくさんいらっしゃいます。
最後まで自分らしくありたいと思っていても叶わないこともあります。
だけど「こうありたい」という生き方を歩んでいると、送る側にも同じ「こう送ってあげたい」が自然に伝わっていることもあります。
治療のために髪の毛が抜けてしまい、ウィックを付けてほしいと遺族から言われることがあります。
特に女性は家族にさえウィックをとった姿を見せたくないという方もいらっしゃいます。50代の女性の納棺式でも、娘さんからぜったい母のウィックは外さないでほしいとの要望がありました。棺へと移動する際にずれるかもしれないことをお伝えすると、まず棺に移動し髪を整えてから皆さんと納棺式を行う選択をしました。お母さんの髪が気になってそばを離れたくない娘さん。普段は別室で行う口や鼻への処置も傍にいてもらいながら行いました。
「ウィックを外しているところ見られると母は私でもすごく嫌がっていたから…」
「誰も触れないように最後まで私がお母さんのこと見ていてあげたくて…」
自分がしていることが迷惑になるのではと心配しながら、まるでいいわけでもするように話をします。まだ高校生になったばっかりで、なんだか幼く見える姿とは反対にその言葉には強い意志がありました。後に担当者さんからあの子火葬までしっかりお母さんの姿を守ってたよ。と教えてくれました。
納棺式でどんな髪型をしていましたか?という問いに遺族は亡くなった方の姿を思い出します。女性でも男性でも髪の量に関わらず、いや少ない髪だからこそ、こだわりがあって、分け目もわける方向もちゃんと決まっていたりします。寝ているとどうしてもおでこ全開オールバックになる方が多いのですが前髪は女の命なんて言葉があるぐらいですから、前髪をおろしていつものように決まった方向へ髪を流すとぐっと生前のお顔に近づきます。
遺族の心の中の姿や亡くなった方本人の希望の姿に近づけるために、髪型はとても重要な役割があると思います。
私も年齢関係なく鏡に向かって「お!こっちの分け目の方が似合うかも」とか、「前髪ここでパックリわかれちゃう」とか言ってドライヤーやヘアーアイロンを当てています。このこだわり家族にはちゃんと伝わっているのだろうかと少々心配しています。
「食べ物の思い出」
実は棺の中に、食べ物を入れる遺族は意外と多いです。
昔から葬儀の期間お供えした「お団子」や「一膳飯」を棺に入れることも多いので、「亡くなった後に食べ物に困らないように」という残された人の想いはいつも変わらないものなのかもしれません。
娘の棺にお菓子をたくさん入れてあげたお母さんや、病気で甘い物を我慢していた亡くなったおじいちゃんに「もう食べていいんだよ」と遺族が柏餅を入れてあげたり、息子はカップ麺が好きだったから、棺に入れてあげたいという遺族もいました。プラスチックの容器に入った大量のカップ麺を前に、どうやったら棺に入れてあげられるかと葬儀の担当者さんが頭を抱えていましたが、結局紙製の袋にカップ麺の中身を入れて、いくつか持たせてあげました。

「食べる」は生きている私たちにとって不可欠なものです。毎日何気にとっている食事が思い出の一場面として誰かの記憶に残っていくのかと感じることがあります。
あちこちで運動会が開かれている季節にある50代のお母さんの納棺式のお手伝いをしたことがあります。
ご自宅での納棺式。リビングからつながった和室に寝ているお母さん。
立ち会われたのはご主人と大学生のお兄さんと高校生の妹さん。テレビの横の棚の上には子供たちが小さかった頃の写真や旅行先での家族写真が沢山飾られています。
家での納棺式の際は写真や表彰状、本など亡くなった方がどんな方だったのかを教えてくれるヒントがあります。写真の中のお母さんはどの写真も優しく微笑んでいます。
少し緊張した雰囲気で進んだ納棺式でしたが、お母さんを棺に移し、思い出の品を入れようとすると、大学生の息子さんが「ちょっと待ってくださいね」と台所から野球いや、ソフトボールぐらい大きいおにぎりを持ってきました。
ラップに入った大きな海苔で包まれて、ところどころに米粒がつきまくったおにぎり。
お父さんと妹さんから「でかーっ!」と驚きの声と笑い声が上がりました
「お母さんにですか?」と私が聞くとお兄さんは恥ずかしそうに
「はい。これ、初めて作ったおにぎりなんです。」
そういって棺の前に立ち、おにぎりを何度か右手と左手で持ち直します。
入れるのをためらっているかの様に持ち直し、決心したようにおにぎりを棺へと入れます。
「ありがとう」とお母さんに声をかけるとそのまま黙ってしまいました。
静かな時間が続きます。気が付くと妹さんがお兄さんの隣で涙を流しています。
実はね、とお父さんが私に説明をしてくれます。
「息子はずっと部活をしていて、朝練の時はお昼までお腹が空かないようにお母さんが毎朝おにぎりを作ってくれて・・・昨日そんな話をしていたから、今朝おにぎりを作ってお母さんに渡そうと思ったみたいで・・・こんな大きなおにぎり・・・」
そんなお父さんの言葉の後
「あーあー、もっと美味しかったって言えばよかった」
息子さんの言葉が静かな和室に響きました。
棺の中の大きなおにぎりは、お母さんの顔の横で全部わかっているみたいに転がっています。
人は食べたもので出来ているというけれど、それならお母さんの愛や想いもおにぎりと一緒にちゃんと子供たちの一部になっているに違いない。そうであってほしいと思うのです。
帰りの車の中で私は、自分の息子たちが幼稚園の頃にまい作っていた冷凍食品ばっかりのお弁当を思い出していました。当時は大変だった。食べた、残したと一喜一憂していた新米ママだった私。
子供たちは覚えているのかな。
実は私にもおにぎりに関する思い出があります

亡くなった父は休みの日よく、おにぎりを作ってくれました。そのおにぎりは力任せにぎゅーっと握った固いおにぎり。
私の地元の東北では秋に『芋煮会』という河原で豚汁を作るイベントがあります。
父は自分が勤める会社の芋煮会で同僚達に、自分が握ったおにぎりを「奥さんが作ったおにぎり」と振る舞ったことがありました。
そこから、握力が強い奥さんが作ったおにぎりが話題になる度に、正直に自分が握ったと言えばよかったと反省していました。
父が亡くなってもう何年も経ちますが、家族が揃うと「固いおにぎり食べたいね」と話すことがあります。
今日も私は食べる。年齢とともにそれは体重として私の中にしっかりと蓄えられていますが、体重以外の目に見えないものも食べ物と一緒に蓄えています。
友達や、実家の母や義母、旦那や子供達といろんな物を食べたり飲んだりする時間は
私の「生きる」を楽しくしてくれます。そしてその時間は消えないものなんだと、たくさんの遺族が教えてくれます。
「ペットとのお別れ」
最近の自宅での納棺式では参列者の中にペットがいるのは、当たり前の光景になりました。
納棺式でワンちゃんネコちゃんが飼い主からずっと離れない。いつもはしない遠吠えや、トイレ以外でおしっこをしてしまう。などご遺族から聞くことがあります。亡くなった方のそばで元気のない動物たちをみていると、この子たちは人間が思うより敏感でいろんなことをわかっていると感じます。

60代の男性の納棺式でご自宅に伺うと、中型の茶色いワンちゃんがお腹と顎を床につけて、お父さんの寝ている布団の横でじっとしていました。こんにちはーとワンちゃんに挨拶をして反対側のお布団の横に私も座りました。ちょっと頭を上げて私を見た後、また床に顎をつけてお父さんを見ています。
お父さんの枕元にはワンちゃんのおもちゃであろう「音の鳴るボール」や「ロープで作られたおもちゃ」が置かれていました。大好きだったワンちゃんとの思い出の品だと思った私は、棺に入れても大丈夫かなと考えながら納棺式の準備を始めます。
奥様が「シロー、おもちゃ邪魔だからしまおうね」とワンちゃんに話しかけながら隣の部屋におもちゃを持っていきました。棺に入れる物じゃなかった…。
シロ君も奥様の後を追ってお部屋から出ていきます。しばらくすると入口のドアをたたく音が聞こえました。顔を上げて音のする方向を見ると、おもちゃを持ったシロ君が部屋の入口の摺りガラスの向こう側に鼻をピタっとくっつけています。
さっき枕元にあったおもちゃは、お母さんじゃなくてシロ君がもってきていたのか。なんだか可愛くて、閉められていたドアを開けに立ち上がりました。ドアを開けきる前にシロ君は体を隙間にねじ込むように、部屋に入ってきました。速足でお父さんのそばに行くとおもちゃを置きます。おもちゃを置くと安心したように、また先程と同じ場所に伏せの姿勢でじっとしています。
シロ君がお父さんと遊びたいように、きっとお父さんも布団から飛び起きて遊びたいだろうな。白い毛をなでてあげたいだろうなと想像してしまいます。そんなお父さんを待っているシロ君。
私が処置をしている間も、けなげに待っている姿を見ているとこちらも切なくなります。
準備が整ったことを奥様に告げ納棺式が始まります。死後の処置で開いていた口が閉じられて穏やかなお顔のお父さんを見て、奥様は
「なんだか寝ているみたい」とつぶやきました。
そして枕元に先程片付けたはずのおもちゃを見つけると、あれ?もうシロが持ってきたの?と驚いていました。
「お父さんはもう遊べないのよ」と言いますが、シロ君は変わらず伏せの姿勢のままです。
納棺式が進み、納棺師二人と葬儀の担当者、奥様でシーツを使いお父さんの体を棺の中へ移動します。すると今まで静かだったシロ君が吠えました。一緒に納棺式を行ったもう一人の納棺師は犬が苦手で、吠えられた時はお父さんを落としそうになったと言っていましたが、何とか無事に棺へとお父さんを寝かせることが出来ました。
シロ君はお父さんが棺の中に入った後もしばらく鳴いていました。
奥様がシロを撫でながら「さみしいよね」と話しかけるとぴたっとシロ君は鳴くのを止めました。棺の横に置いてあったおもちゃを咥えて奥様のところに行くと正座している足の横にぴったりとくっつくように座りました。
動物ってすごい。自分がもらった愛情をちゃんとわかっていて、自分のこれからの役割さえ理解しているように私には見えました。
ペットとのお別れは必ずやってきます。
エンディング業界の展示会ではペットのお骨を入れる入れ物や棺やお布団など亡くなった後どんな風に送ってあげるかの選択肢が増えています。
もともと動物病院の看護師さんでもある吉田麻美さんは「Eva Dog」の代表として、亡くなったワンちゃんのトリミングやエンゼルケアを行う世界初のペットの納棺師さんです。
我が家でも以前どんちゃんというウサギを飼っていて子供たちもとてもかわいがっていました。亡くなってからの体の固さは本当にショックで今でも感触を忘れません。
それは亡くなった後の筋の硬直という状態でもちろん人間も同じことがおこります。
筋肉の硬直なので高齢者の方やもともと筋肉の量が少ない方は硬直が少なかったり、硬直がないように感じたりすることもあります。
犬や猫の筋肉量は種類によっても違いますが人の筋肉量の2倍から3倍、だからあんなに早く走れるし、人間より高くジャンプすることができます。そんなペット達が亡くなった時、きっと想像するより筋肉は固く硬直してしまいます。
以前、吉田さんから亡くなった後のトリミングの様子を見せていただいたことがあります。筋肉を優しくマッサージしシャンプーをして毛並みもきれいにしてくれます。見た目でもわかるくらい毛並みがフワフワ、モコモコしていて頼んだ方はとても喜んでいました。
沢山抱っこしてきたワンちゃんネコちゃんだからこそ、最期の抱き心地が変らないことはペットとのお別れには必要な条件だと思ってしまいます。
ペットは家族の一員。
今、我が家では2匹の猫と生活しています。人間と違っていつまでも世話をしなければ生きていけない存在です。普段は丸くなり静かな猫ですが、皆が寝静まったとたん喉をぐるぐると鳴らしながら撫でろと顔を前足でつついてきたり、忙しい時に限って猫じゃらしを咥えて足元に置いて遊んでとせがんだりします。そうかと思えば遊んでやろうと必死で猫じゃらしを振ってもすっと目をそらしたりもします。
何もしゃべらず、悲しい時や嫌なことがあって落ち込んでいると、いつの間にか傍にいて「撫でてもいいよ」とお腹をみせるこの存在がいなくなることなんて考えられません。
ペットを亡くされたある方が「主人を亡くした時よりも、悲しみが大きいのに誰にも分ってもらえず半年間は家に閉じこもっていた」と話されていました。
身近な方を失ったときは、葬儀という悲しみに向き合う時間を作るために会社や学校を休める「忌引き休暇」があります。休みを取れば、この人は大切な人を失っているので暖かく見守ってくださいと周知できる役割も担っていると思います。関係性にだけで日程が決まっているのはどうかと思いますが、ペットに関してはまだ忌引き休暇の対象になっていません。大切なペットを亡くした時に周りに理解してもらえないと感じるのはこういった社会の制度が追い付いてないことも原因の一つなのかもしれません。
一冊目の本に紙の納棺式という儀式を紹介しました。
もし亡くなった方と繋がりたいと感じたら、A5ぐらいの紙にその方との思い出を張り付けていきましょうというものです。
ペットを亡くしたときも、葬儀という儀式の代わりに思い出の写真や、好きだったおもちゃや食べ物を一枚の紙に張り付けてみてはどうでしょう。そして家族の見える場所に飾って思い出話をするのもいいですし、一人一人が思い出すだけでも小さな存在を傍に感じるきっかけになるかもしれません。
今、目の前のソファーの上でお腹を上にして猫らしからぬ格好で寝ている猫たち。私たちを幸せにしてくれるこの小さな動物の大きな存在を改めて感じます
生前葬の話②生前葬は自由なんだ
4月30日大阪で行われた生前葬
主催はエンディングコンシェルジュこと、おもいを遺す生き方ナビゲーターWILL 代表の谷口佳津子さん。
今回、谷口さんのやりたいことを詰め込んだ生前葬。その中身をご紹介します。
第一部が納棺式とプレイバックシアターと言われる即興劇をおこないました。
100歳になった未来の谷口さんが、納棺式を行う設定です(私もその設定だと90歳を超えてます)仏衣へ着せ替え後、皆さんに旅支度をつけていただき、納棺後来場いただいた方1人1人がメッセージカードを棺の中に入れます。

目をつぶっていた谷口さんは見えなかったと思いますが、みんな笑顔でカードを入れていきましたよ。
私の後ろの祭壇は笑文字の講師もしている谷口さんが毎日Instagramにあげているもの使用しました。そして素敵なペーパーフラワーの薔薇。祭壇も自由!なんです

そしてご友人の上原さんの弔辞。

会場の皆んなが笑って泣いて。(棺の中の谷口さんも泣いていたようです)
また会いたいよー!帰ってきてー!の言葉に棺の中の谷口さんが居ても立っても居られず、復活しますー。
まだ死んでへんでー!!

そして、プレイバックシアターでは100歳の谷口さんが60歳から100歳まで歩んできたであろう人生が会場を巻き込んで、再現されていきます。
自分や人生を振り返るプレイバックシアター。
生前葬との相性抜群です。


第二部は谷口さんの周りの輝いている人達による演奏、歌、ダンスの上演です。

大病を経験された高橋さん。左手だけで弾くピアノは力強く、繊細でした。

看取り士の乗本さん。歌からも愛が溢れています。
夢に向かってダンスを初めることも、80才を超えてもダンスの先生としてリードする姿も、とても輝いてます。

自分の周りの素敵な方を皆さんに紹介する
こんな生前葬もあるんです。
2部の締めくくり!スライドに動画が映し出されます。
初めて作った動画は今から生まれて来るまでを写真でつづたものでした。そして最後にご挨拶。

ご主人からの歌のプレゼント
最後に愛はかつ(こ)谷口佳津子さんだからね
笑顔が溢れ、感動的な生前葬でした。
私も60歳になったらこんなパワフルで沢山の愛を感じる生前葬できるかなぁ。やりたいなぁ。
明日からの生き方が変わってくるような生前葬でした!
生前葬の話①裏側の話
4/30大阪 谷口佳津子さんの生前葬がホテルセイリュウで行われました。

2年ぐらい前に谷口さんから生前葬をやりたい、その中で納棺式という時間を知ってもらうためにも、生前納棺式をやってみたいというお話しをいただきました。
その時、私の持つ生前葬のイメージは、余命宣告を受けた方など、生きてるうちに葬儀を前倒しで行うもの。『生前に行う自分の葬儀』でした。
でも、もっと楽しむための生前葬があってもいいんだなぁと、なんだかわくわくしました。
半年前から生前葬プロジェクトチームのzoom会が始まりました。
今回プロジェクトチームは自ら手を挙げて集まった人達で、住んでいるところも、活動もバラバラ唯一共通していたのは『谷口さんとの繋がり』だけです。
時には厳しい発言もあったりもしましたが、不思議な使命感と一つのゴールにむかうワクワクが私たちをつないでいました。
その中心にいたのは谷口佳津子さんでした。
当日、プロジェクトチームの『実物』に会う時点で、私の感動ボタンのスイッチがオンに!笑
だって頭の中だけで進んでいた話がちゃんと目の前で実際に実現してるんだから!

生前葬の内容については長くなるので明日アップしますー。
今回プロジェクトチームとして生前葬を作っていく中で、主催者の谷口さんは、見えないところで大変な苦労もされています。
例えば、生前葬に来てくださいというと、多くの方が「大丈夫?」と体の心配をされたそうです。そしてこの生前葬を死を軽く取り扱っているように感じた方とのご縁が切れてしまったこともあったそうです。
生前葬をやるならそのコンセプトを丁寧に相手に説明する。招待状にはそれをしっかり明記すると、くる方も主催側も心おきなく「生前葬」を楽しめる。これも今回の気づきでした。葬儀と一緒でアドバイザーが必要なんです。
今回自分のやりたいことをやり切った生前葬谷口さん、今後は生前葬のお手伝いなどもしていきます。きっと今回の経験があるからこそわかる丁寧なフォローができると思います。
そしてー。
今回もマイ棺と一緒に車で大阪を往復しましたがそこでのおしゃべりも大切な時間でした。
行きはお先に天国のイベントを一緒にしている白川さんと今回初めましてでお手伝いを頼みまくったじゅんこさんと一緒に。
帰りは村田ますみさんと2人で、ニヤニヤ、ゲラゲラの話をしてきましたが、生前葬とはなんだろうという真面目な話しもしてきました。
私の中で今回の生前葬儀は弔う、葬るのではなく、今の自分を感じ、ご縁に感謝しありがとうを送り合う新しいイベント「生前送儀」だと感じました。
ありがとうは生きてるうちに。
昨日は生命保険会社で模擬納棺式を行いました。
納棺式で出来ることやどんな時間なのかをお話し、その後、お葬儀の中の納棺式という時間を模擬納棺式として体験していただきます。
この日、少しの間あの世に旅立つ会社の上司を
一緒に働く社員の皆さんが遺族として納棺式を体験します。
上司に向けた手紙には
愛がたくさん詰まっていました。
生きてるうちに
この愛情、思いの受け渡しをしたら、信頼関係が大変なことになるのでは。と
**お手紙を一部抜粋してご紹介**

〜略〜
「真剣に生きなさい」、、、叱咤の嵐
その叱咤が、本当は激励だと理解するのに、不思議と時間はかかりませんでした。当時悩んでいた私が、やっとの思いで眠りについたにも関わらず、夢の中にまで出てくるあなたに惑わされ、布団から飛び起きた事も、一度や二度ではありません。
そんな、あなたがー、今、安らかに眠っています。
そしてこの先、あなたが、二度と目を覚まさないように、今後の予定についてお伝えします。
あなたが生きてきた証は、私を含めた、あなたと関わりのあった、私たちの「心」に宿ります。何気なく過ごす私たちの日常、様々なシチュエーションで、私たちは、あなたを感じることを余儀なくされる事でしょう。
ダカラドウカ!...ドォカ、、安心して、お眠りください。
本当に、今までありがとうございました。
そして、
これからも見守っていてください。
この星地球上に沢山いる、あなたのファンの
一人より
大切な人が亡くなった時、残された人は目の前からその人が突然いなくなって、まるで繋がりが切れてしまったように感じます。
納棺式は新しい繋がり、絆を作る時間です。
生きている時とは違うけど、亡くなった後に作る絆は切れることはありません。
生きてるうちに一度棺に入って、お互いの存在について生きてるうちに、こんな愛情たっぷりの手紙や言葉をもらえる模擬納棺式や生前納棺式。
この愛情、思いの受け渡しを生きているうちにするべき。
素敵な時間のお手伝いをさせて頂きました。
パパっぽい
最近メイクを1人で任されるようになった後輩納棺師が、あるお父さんのメイクをした時、開いていた口が閉じて、白い顔に血色が戻って穏やかな顔のお父さんをみた娘さんが
「わー、パパっぽい」って言ったそうです。
それを聞いたお母さんとお姉ちゃんからすぐに、「いや。パパだから」ってツッコミ入りました。
パパっぽいのではなくパパ本人だよって、それまでピンと張っていた空気が緩んだみたいに、みんなが笑いました。

納棺式で時々出会う一場面です。
パパっぽいと言われた時の安堵感や嬉しさは、納棺師なら誰もが想像、共感できる気持ちです。
私達、納棺師が1番嬉しい言葉は
「綺麗になったね」ではなくて
「〇〇さんらしいお顔ね」です。
だから、パパっぽい、おじいちゃんっぽい
お母さんっぽい、〇〇ちゃんっぽい
って言葉がすごく嬉しいのです。
それにしてもパパっぽいって言葉は
確かに、ついツッコミたくなるけど、この言葉にご遺族の心情がすごく表れているような気がします。
亡くなってすぐのお顔は生前のパパの顔と合致してくれない。つまりパパじゃない人なんだと、どこかで否定していると思います。
ご遺族の心の中にいる亡くなった方と、今布団に寝ている人を同一人物だと感じるには、お布団で寝ている亡くなった方がその人らしいお顔であることが大切なんだと感じます。
現に開いている口を閉じて、顔色を整えて、赤みを足して、髪を生前の形に近づけていくなかで、ご遺族の物理的な距離が少しずつ近づいてくることがよくあるのです。
納棺式という儀式の中で、パパじゃない人からパパっぽい人に変わる瞬間です。
本当のパパなんだと落とし込むには、もう少し時間がかかるのかもしれません。それでも一歩前進だと思うのです。その人らしいお顔や、体に触れることの出来る時間にその一歩のお手伝いができるのが納棺師の特権です。
お葬儀という時間にその人らしい何かにまた、出会えたとしたら、ご遺族は亡くなったその人との死に向き合いお別れができるかもしれません。亡くなった人もきっとそんなお別れを望んでいるような気がします。
さて、私の家族は私らしさを何で感じてくれるでしょう。鼻の脇のホクロ?文句を言う時のへの字口?できたら優しく微笑んでいる顔がいいなぁ。