最後にありがとうと言えたなら ~亡くなった方が教えてくれたこと~

大切な方とのお別れの仕方をご遺体が教えてくれました

最後の会話


深い悲しみから逃げたくなる時
死別を体験したご遺族の悲しみは、はかり知れないものがあります。

 

悲しんでる人の側にいるって大変です。

しかし、私たち納棺士は「納棺式」というお別れの場でご遺族のお手伝いをする仕事です。

側にいる覚悟を持たなくてはならない。

 

、、、とは思っていても

 

胸が痛み逃げてしまいたくなるほどの悲しみに触れることもあります。

 
もうだいぶ前の話ですが、お子さんを亡くされたご遺族の話です。
 
ご自宅におうかがいした時はクリスマスの時期でお部屋の中には小さなクリスマスツリーが飾ってありました。
 
整理整頓されたお部屋には子供の写真がたくさん飾ってあり、亡くなったお子さんの妹さんが、リビングのテーブルでジグソーパズルをしています。
 
大切な子供を亡くされたお母さんは、納棺式でまるで私の声が聞こえてないようでした。
お父さんがテキパキと対応するなか、お母さんは息子さんのお気に入りの、アニメのキャラクターのぬいぐるみを、抱えたまま、動きません。
 
亡くなったのは7歳の男の子。パジャマ姿で寝ている姿は同じ年齢の子供よりも小さく見えます。今にも寝息をたてそうな可愛らし寝顔でお布団に寝ています。
 
お着せ替えと顔色に赤みを足し皆さんにかおを拭いてもらう間も、お母さんは無反応、無表情でした。
 
お父さんに手伝ってもらい、お棺の中の布団に、お子さんを寝かせると、涙を堪えきれなくなったようで、お父さんは席を外しました。
 
自宅のマンションでの納棺でしたが、外の世界とは遮断されたように本当に静かでした。
まだ、幼稚園に行き始めたばかりぐらいの妹さんも、何かを感じているように静かに遊んでます。
 
小さなお棺の中にいるお子さんを見ながらお母さんが唐突に話をはじめました。
 
男の子は、生まれつき心臓に病気があり手術や入退院を何度も繰り返していました。
 
お子さんが亡くなる数日前にお母さんに言った言葉は
 
「ママごめんね」でした。
 
それまでどんな辛い時も、泣きたいのは母親の自分ではなく、病気と闘っている子どもの方。
そう思って泣くこともなかったお母さんも、子供を抱きしめて初めて声をだして泣いたとおっしゃってました。
 
納棺式ではお子さんの冷たい手を両手で包みながら、7歳の子供にそんな言葉を言わせてしまった。と肩を落とされている姿が忘れられません。
 
お子さんもお母さんもすごく頑張ったんだ、そう感じたのに、そんな言葉で、そんな軽い言葉をかけたくなかった。
 
どんなに探してもら私の中にはふさわしい言葉が見つからなくて、結局側にいることしか出来ませんでした。

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最後の会話
最後の会話は残された人にとって忘れられない言葉になると思う。
 
納棺式で話を伺っていると、時々こんな風に最後の会話を教えていただけることがあります。
 
80代の男性は亡くなる前夜に、ずっと介護をしていた娘さんに
「浅草で食べた蕎麦は美味かったなぁ」ってしみじみ話したそうです。
浅草で蕎麦を食べたのは30年も前の話。
秋田県から上京して来たお父さんに初めてご馳走した天ぷら蕎麦だったそうです。
 
「それまで痴呆で、以前の父らしさは無くなってしまったと思ってたから、亡くなる前に父が戻ってきたと思ったの」
「話たいことはたくさんあったのにありがとうしかいえなかった」
それでも娘さんの顔は微笑んでいらっしゃいました。
 
棺の中には浅草寺御朱印とラップに包んだ天ぷらとお蕎麦が入れられました。
 
普段、私達は沢山の言葉を使い沢山の人とコミュニケーションをとります。
 
最後の会話は
必死に伝えたい言葉と
必死に受け取りたい言葉が交差する瞬間なのかもしれない。
 
勿論亡くなってからも自分の思いを伝えることは大切だと日々感じます。
 
亡くなった方の、お体、お顔を見て伝えることができる時間は限られているからです。
 
 
今までご遺族の口から亡くなった方への言葉は数えきれない
ありがとう。
愛してる。
お疲れ様でした。
頑張ったね。
しばらく待っててね。
またね。
 
そこには沢山の想いが詰まっている。
 
 
そんなことを考えていると、普段業務連絡とクレームしかない旦那との会話を改善しなきゃと思いました。

 

大切な人と会話をしよう。

音の記憶

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先日、自宅で子供達が小さい頃の映像を整理していると亡くなった父の映像が出てきました。

 

今では25歳、24歳の息子達が、映像のなかでは、まだ、4歳、3歳ぐらい。父の膝の上で夕ご飯を食べて笑ってます。

こんな映像が、あったのかと懐かしい気持ちになりましたが、子供達と話す父親の声を聞いた時、本当に突然に涙が「わっ」と溢れてきました。

 

亡くなってからもう10年経つのに父の声を聞いただけで、こんなに心が揺れて涙がでることに驚きました。

 

その時気付いたのですが、私はそれまで父の声を忘れていたんです。

 

父の顔や手は、今でも直ぐに思い出せるのに、不思議です。

 

もしかしたら、耳からの情報「音」の記憶は、留めておくのが難しいのかもしれません。

 

以前、お会いした娘さんは、携帯に残していた「亡くなったお母様の声」を聞きて納棺式を過ごされました。

 

お立ち会いされる遺族は娘さんだけでした。

そこで、挨拶をした際に納棺式というお時間にしたい事があれば、教えてくださいとお伝えしました。

少し考えた後に、娘さんは

 

「母の声を聞いてもらってもいいですか?」

とおっしゃっいました。

 

携帯から流れるお母さんの声は、老人ホームで撮られたもので、繰り返し「大きなカブ」の絵本を読んでいます。

 

娘さんは納棺式で着せ替えやお化粧などにはあまり興味がなく、私に携帯のお母さんの声を聞かせて

 

「可愛い声でしょう」と連呼します。

 

「よく読んでいた本なんですか?」

 

とお聞きすると、娘さんはこの本どころか一度も、お母さんに本を読んでもらった記憶がないそうです。

 

小学校の先生をされていた、亡くなったお母さん。父親のいない環境で、いつも忙しく働かれていました。

 

子供の頃は、母とずっと一緒にいる学校の生徒さんが、羨ましかったのよと、娘さんは笑いながら話していらっしゃいました。

 

よっこらしょ、どっこいしょという、お母さんの絵本を読む優しい声が、繰り返しながれています。

 

柩にお体をご移動する前のひと時、お化粧を終えたお母さんをじっと見つめている娘さん。

 

2人をみていると、まるで娘さんが絵本を読んでもらいながら、ゆっくりと、お母さんに甘えているようにも見えます。

 

携帯に残していた声はきっと薄れることのない宝物に違いありません。

 

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時々、大切な方を失った遺族から不思議な話を聞くことがあります。

 

それは、亡くなった方が、音を使って何かを伝えにきたという話です。

 

それも、聞いたのは一度ではありません。

 

ある時は

亡くなった方が、以前飼っていたオカメインコの鳥カゴ(今は空っぽ)の鈴が何度も鳴ったのをご兄弟みなさんが、聞いたと話されていました。

 

また、以前伺ったお子さんの納棺式では、音のなる絵本が突然鳴った事もあります。

 

寝ていた時に、以前飼っていた猫の鳴き声が耳元で聞こえた気がして起きたら、訃報を知らせる電話がなったと話されていたご遺族もいらっしゃいました。

 

そんな時、皆さんはとても嬉しそうに話をされます。

 

「最後の挨拶にきたんだ!」

 

「まだ、側にいるんだね」

 

と涙を流されることもあります。

 

声や音が引き金になり、私達の心が揺れて、時には涙が出てくることがあります。

 

もし、死んだ方が私達との繋がる手段を持っていて、それが音という形だとしたら、亡くなった方からのメッセージに心が揺れて涙が出るのは当たり前のことなのかもしれません。

 

 

心に留めておくのが難しい音の記憶。

 

私達は沢山の音に埋れて生活をしています。

2人の子供達が話す声、飼い猫のゴロゴロ甘えてくる音、旦那のうるさいイビキ、母の小さな愚痴話…。

毎日通り過ぎていく大切な音に私は気付いていないかもしれない。

 

今あなたの周りにある、心に留めておきたい音はなんですか?

 

あの世に何を持っていく?

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人間の死亡率は100%。ほぼ全員がいつか棺に入ります。

 

一般的な棺は、約縦180センチ横50センチ高さ45センチほどの箱です。

「ひつぎ」という漢字は2種類。中身が空だと「棺」ご遺体が入ると「柩」となります。

 

素材は大抵の棺が、木で出来ている。表面に布が張られていたり彫刻がしてあったりと様々な種類があります。

1年に1度行われるエンディング産業展などでは紙で出来た「地球にやさしい棺」や「仮屋崎省吾プロデュースの花柄の棺」など、毎年新作の棺が展示されます。

 

私は今まで多くの方を棺に納めるお手伝いをしてきました。

沢山の柩を見てきましたが、同じものは一つもありません。

それは、棺の外見ではなく中身のお話です。

 

柩の中は、その人の人生が詰まっていると感じます。

 

農家のご主人が亡くなった時、口数少ない息子さんが稲を一房、顔脇に添えました。

父親がどのくらいの時間を費やし、その稲に向き合ったかを一番近くで見ていた息子さんからの最後の「お疲れ様」の言葉のようで、なんだかお父さんの表情も晴れ晴れしているように見えました。

 

競馬が好きなお父さんは、たくさんの馬券と鉛筆、競馬新聞が添えてありました。

孫が20人もいるお婆ちゃんは、孫が書いた絵や手紙、折り紙に埋もれるように眠っていたし、生涯独身を貫き出版社に勤めていた女性は、自分が携わった本を大切そうに抱えていました。

 

棺の中にいれたものが煙となり、亡くなった人の「あの世に持っていくもの」となるなら

私は何をあの世にもっていくだろと考えることがあります。

 

韓国や台湾、中国のある地域では偽物のお金をたくさん入れますが、

日本でも三途の川を渡るの「六文銭」を入れます。死んでからもお金が必要だとは思いたくないのですが…。

 

まず、携帯電話。写真や思い出がたくさん詰まっているし、49日の旅の途中の暇つぶしにもいいと思います。しかし、最近では火葬場で棺に入れる物への規制があり、原則「燃えるもの」という決まりがあるので携帯は無理となります。

 

好きな食べ物も入れてほしいと思います。お酒もビールを入れて下さい!といいたいのですが「ビール缶」は無理なので、紙パックの小さな日本酒ぐらいになってしまいそうです。

 

100歳を超えるお婆ちゃんは「うなぎ」が大好きで鰻のかば焼きを入れていた。一瞬火葬場から鰻のかば焼きの香ばしい匂いが漂ってくる光景が目に浮かびます。

 

好きな食べ物は日本酒とかば焼きの組み合わせがよさそうそうです。

 

自慢できる趣味や特技があれいいと思います。

例えば、お茶や踊りの先生は着物やお茶の道具を入れます。そういうものに囲まれている方は亡くなってからも「品」があるように見えて、強く憧れますがが、どう考えても私らしくはない気がします。

 

ひとつ、亡くなった方から教えてもらい、始めた事があります。

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 「御朱印帳」

60代の奥様のお棺の中には、全国の神社やお寺でいただいた10冊以上のご朱印帳が納められていました。ご主人はそのご朱印帳を1つ1つゆっくり広げながら「二人で回った、旅の記録なんです」と話していらっしゃいました。

私もそんな素敵な夫婦に憧れてご朱印帳をはじめましたが、残念ながらまだ、主人に一緒に行こうとは言えず、一人でこそこそ集めています。

仕事先のお寺や、休みの日に神社をめぐってゆっくり集めているので、亡くなった時には柩の中にぜひ入れてほしいです。

 

目に見えないものを柩に入れる方もいます。

香りは人の思い出に大きな役割をもっているようで、その人が使っていた香水を柩の中にふり、香りで柩を満たします。その香りは亡くなった人の、元気な頃の思い出を引き出し、そこにいる家族みんながその思い出を共有する空間となります。

 

私も最後は自分の好きな香りに包まれたいなぁと思います。

 

柩はその人の人生が詰まった宝箱のようなものです。

 

しかし時々、「この布団、もう使わないから一緒に入れちゃおう」とか「服は捨てるのが面倒だから全部いれちゃって」という人が本当にいるのです。

 

柩はごみ箱ではないのです! 宝箱だってば!

 

そこで、はたと気づきます。

柩の中に「あの世に持っていくもの」を入れるのは、私ではないのです。

 

私には主人も息子もいるのですが私の好きなもの、趣味、大切にしているものを柩にいれてくれるのかな?

柩は亡くなった人の宝箱ではなく、誰かと過ごした時間と思い出がつまっている残された人の宝箱です。

 

そう考えると、自分の好きなもので満たそうとする事には意味がないような気がします。

 

それよりも、大切な人と、どんな時間を過ごしたのか? その人の心に何を残せたのか?

そのことの方がずっと重要だと感じます。

 

私は納棺師という仕事の中で、生きている時には会った事がない、柩の中の知らない人の顔を眺めます。

 

そして、忙しく流れていく時間に紛れて見えなくなってしまう大切なものに気づかせられます。

 

さて、私が死んだとき何が私の顔を縁取るのかしら。

鰻と日本酒


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思い出の品と達人達

私の働いている納棺師の会社では1人の納棺師が年間約500名の亡くなった方のご処置に携わります。
 
たくさんの方の納棺式に立ち会わせていただきました。その中には本当に素敵なお別れの時間を作り出す達人達がいます。
それは葬儀担当者でも納棺士でもない「ご遺族自身」です。
 
達人の共通点は、お別れの時間に何ができるかを知っていることです。
 
わたしの父は62才の時に亡くなりましたが、棺の中に入れるものなど考えていませんでした。今思うと父の好きだった鰹のお刺身や、父がよく握ってくれたぎゅうぎゅうに硬いおにぎりを、最後ぐらい私が作って入れてあげたかった。
一緒に行った旅行の写真、よく歌っていた石原裕次郎の歌詞カード。
たくさん思いつく品物はあるのにどれも入れることが出来ませんでした。
それは、思い出の品を棺の中に入れることを知らなかったからです。
 
 ほとんどの方はお別れの仕方を知らない
小規模な葬儀が増え、身近な人の死が初めて葬儀、という人も珍しくありません。
 
何をしていいかわからない遺族は、葬儀会社の作る葬儀に参加している状態です。私もそうでした。
しかし、遺族自身が葬儀や納棺式で何を出来るかを知ることで、より自分らしいお別れが出来ると、納棺士になって初めて気づきました。
 
元々、お葬儀は大切な方がいなくなったことを遺族が受け入れて、周りの人達と悲しい気持ちを共有し、集まってくれた人達と新たな結びつきを作る場になるように出来ていました。
 
しかし、近年では家族の形態が変わり、身近な人達のサポートが受けずらい世の中になりました。逆に、葬儀会社はご遺族の負担を減らしていく中で本来、遺族がすることに意味がある事までも、代行していることもあります。
 
葬儀、納棺式は故人やご遺族が作るもので、納棺師はそれを叶えるためのサポート役だと私は思っています。
その為には葬儀業界にいる私たちがもっと葬儀の役割やご遺族ができることを伝えていく必要があります。
 

鰻と日本酒

以前、80代の女性の納棺式をしました。ご自宅にお伺いすると大きな家の軒先までたくさんの人が溢れています。
 
ご挨拶を終えパジャマを着た故人のお顔を見ると、黄疸と浮腫がありました。そのお顔は、祭壇に飾られた、黒い留袖姿でキリッと微笑んでいる遺影の写真のイメージとは少し変わっていらっしゃいました。
 
納棺式が始まり、故人さまに黒い留袖を着せ、髪をまとめるとあちこちで、
「ばーちゃんらしいわー」と、声があがります。
 
「よく留袖を着られる機会があったのですか?」と聞くと、私達の仲人さんなのよと、近くにいる遺族の数人から返事を頂きました。
 
まだ、お化粧が、終わっていなかったのですが、集まったご遺族は、代わる代わる留袖姿の故人を見たくて近づいてきます。
 
留袖姿の故人が、皆さんの中の大切な思い出なんだなぁと、皆さんが見終わるのを眺めていました。
 
皆さん、それぞれがお婆ちゃんの結んだ縁で集まった人達でした。
「お陰様で、夫婦仲良くやってます」と声を掛けるご夫婦や、
子供や孫を連れてきて、「こんなに大きくなったよ」と報告する女性。
まるで亡くなった方と会話をしているような、穏やかな時間です。
 
お化粧の前に、お酒が好きだった故人の為に喪主の息子さんが日本酒の一升瓶を用意していました。
 
たくさんのグラスに注がれた日本酒が、立ち会いされている30名ほどの遺族に配られたところで、喪主さんが腰を上げます。
賑やかだった和室の続き間が一瞬静かになりました。
 
「通常、葬儀中は「献杯」ですが、今日は何度も仲人をした母を思って乾杯をしましょう!乾杯!」
 
「乾杯!」
納棺式には相応しくないような明るく大きな声が一斉にあがります。
 
喪主の息子さんは、今度はお母さんに近づき静かな声で話かけます。
「こんなにみんなが集まってくれてお袋は幸せだなぁ。ありがとう」
故人の唇にも喪主から綿棒に含ませた日本酒がのせられました。
 
死化粧は晴れの席に似合う赤の口紅のリクエストを頂きました。
いつも描いていた眉を描きあげると、きりっと、こちらを向いて笑っている遺影の面影が故人の顔の中に現れました。
 
お化粧を終え故人を皆さんの手で棺の中へご移動すると頭の角度のせいか、ほっとした表情になり、遺族からは笑ってるみたいと声があがります。
 
棺の中を整えてドライアイスの処置を行い、皆さんに思い出の品を入れてもらいます。
たくさんの写真や手紙が次々に集まった皆さんの手で入れられていきます。

 

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棺に入れる思い出の品にはいろんなものがあります。ひ孫さん達は、手紙と折り紙の鶴やお花をおばあちゃんのお顔の周りに飾りました。
 
最後に息子さんが入れたのは、小さな紙パックの日本酒と紙に包まれた鰻の蒲焼。
「ずっと食べたかったんだよな、入れたからな」とお母さんの胸の辺りを何度か静かに叩きます。まるで、そろそろ起きて食べなよと言っているようです。

棺の周りには、わさわさと人が集まり思い出話を始めます。

物があまり食べれなくなっても鰻のかば焼きを食べたいと言っていたこと。

日本酒が大好きで、晩御飯にはいつも晩酌をしていたこと。

最後に食べさせてあげたかったこと。

 

納棺士は蚊帳の外でご遺族の話を聞くだけです。

 

死は突然やってきて、今で側にいた人との繋がりが、まるで引き裂かれたり、消えてしまったように感じることもあります。納棺式という時間が、亡くなった方との繋がりが決して無くなったり消えたりしていないことを知る時間になったら

納棺士としてこんな嬉しいことはないと思うのです。

頑張ったと褒めて欲しかった

がんばったと褒めてほしかった

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理解されない遺族

「今回の喪主さん、旦那さんを突然亡くしたのにずっと笑ってるんだよね」そう言って葬儀の担当者さんは怪訝そうに私にドライアイスの入ったバッグを渡します。


納棺式を行っていると、突然の死別への反応として、なかなか人に理解して貰えない行動をとる方がいらっしゃいます。
この時の喪主様もそんな誤解を受けた1人でした。

 

ご家族のとお会いしたのは季節外れの大雪が降った次の日でした。

 

葬儀会社からの依頼は、お通夜までの6日間のドライアイスの交換と通夜の前に行う納棺式です。
亡くなったご主人は30代でバイクの事故で突然お亡くなりになりました。喪主の奥様も30代で小さなお子さんがいるとお聞きしています。


大きなメイクバックも心做しかいつもより重い気がします。


安置室がある式場は朝早くから社員総出で雪かきをし、駐車場にアスファルトの黒い道ができ、こちらですとご遺族を誘導しているように見えます。
しかし、社員や業者しか使用しない裏の階段は、昨日降った雪が固く張り付き、行く手を拒んでいるように見えます。
大きな荷物を持ち慎重にフラフラと歩き安置室への入口となる1番上の階段に何とか到着しました。

ドアの前に立つと中から女の子の声がしました。会話というより笑い声が聞こえてくることに驚き、開けようと伸ばした手を止めます。
暫く、耳を澄まし笑い声が止んだタイミングで「失礼します」
と声を掛けて中に入りました。

棺より一回り大きな保冷庫が3つ並ぶ部屋で奥様とお子さんは、コンビニで買ったおにぎりを召し上がっていました。
ご挨拶をして、お顔の傷を目立たなくするメイクをする旨を伝え、お食事中だったのでお時間をずらした方がいいか、立会をするかも確認します。

 

泣けない理由

どうぞどうぞ、男前にしてあげて下さい。奥様はニコニコしながら話します。
奥様は4歳になるお子さんにも「パパこれからお化粧するんだって」と説明をします。
正直お顔の状態をまだ知らないのでこのまま進めていいのか迷っていました。
お線香上げさせて下さい。ドキドキしながら焼香台の前に行くと小さく切り取られたガラス窓から、お父さんの顔が見えました。
バイク事故だった為ヘルメットに守られお顔の傷は頬の擦過傷と顎の内出血だけで思ったより小さなものでした。
奥様とお子さんに囲まれ、傷を隠し少し血色も足します。


「パパはおっちょこちょいだね、こんな怪我しちゃって」
奥様はお子さんに、まるでお父さんが生きているように話します。
「パパ、ダメだねー」後を追うようにお子さんが話かけます。

それから4日間、奥様はわざわざ、ドライアイスの交換に時間を合わせて、おにぎり持参でお子さんと一緒に霊安室へ通いました。もしかしたら、奥様は誰かがいることで自分を保っていたのかも知れません。
霊安室で何度か会うと少しずつ気持ちを話して下さることも増えました。
ご主人は転勤族で周りには頼る人がいないこと、子供が不安がっているから泣いていられないこと、笑ってないと泣いてしまいそうになること。
それを聞いてこちらが涙目になるのを見て、何で納棺士さんが泣くのよと笑って肩をたたくのです。

通夜になって九州の実家から奥様のお母さんがいらっしゃいました。少しほっとしているような奥様に1つ提案しました。
ご主人とお二人だけの時間を作りませんか?

奥様は少し下を向き、考えた後、決心したように顔をあげました。

納棺士さんも一緒に来てくれますか?

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二人だけの時間 

40名程が座れる式場には白を基盤とした花で作られた祭壇が飾られ部屋中が花の香りでいっぱいです。中央には笑ったご主人の遺影が飾られ、奥様とストレッチャー(移動式のベッド)の上のご自身を見下ろしています。
ご主人の元にゆっくりと近づき冷たくなった手を握りながら決心したように、ご主人を見ながらゆっくりと話します。

「頭を撫でて欲しいの」
「いい子、いい子して欲しい」

奥様の言葉がご主人に頭を撫でで欲しいと言っていることを理解をするのに少し時間がかかりました。

頭を撫でて貰うことは出来ますか?今度は私に向かって話します。

もちろんできます!

腕の関節をマッサージし、ご主人の手をゆっくり伸ばすと奥様が自分の頭をご主人の手のひらの下に潜り込ませます。
下を向きながら奥様は、ようやく小さな声を出して泣くことができました。

 

何度も
「私、頑張ったよね」と ご主人に語りかけます。


今私の隣にいる小さな背中の女性は、今まで子供を不安にさせないように、明るく振舞い頑張ってきました。
この姿を「おかしな行動」と言ってしまうのは、あまりに愚挙な行動です。

主人はいつもこうやって頭を撫でてくれたの。
そういって顔をあげて、私に投げかけた言葉をなんて返していいかわからず、本当に頑張りましたねとうなずくことしかできませんでした。

その後、納棺式、通夜と進むと奥様はまた、あの笑顔に戻りお子さんやご親戚、ご友人と話をされていました。何となく後ろ髪引かれる思いでその場を後にしました。

 

その後、2週間ほど経った後、葬儀会社の担当者から電話がありました。朝、式場へ寄ってほしいといわれ、指定の時間に伺うと久しぶりに奥様と娘さんにお会いすることが出来ました。

 

娘がどうしても渡したかったものがあると、手にもった小さな紙袋から折り紙で作った金メダルが出されました。「パパをきれいにしてくれてありがとう」
私は嬉しくて女の子のもとに走りより、金メダルを首からかけてもらおうと、ひざまつきました。背伸びをして私の首にメダルをかけると小さな手で私の頭をポンポンとなでながら、ありがとうと笑うのです。

あっ、ご主人のいい子、いい子だ!はっとして、私は奥さんと目を合わせると、奥さんはそうそうと頷きながら笑っていました。

私のような納棺会社に所属している納棺士は、葬儀会社から依頼を受けて納棺式という1時間~1時間30分という短い時間にご遺族のサポートをします。このように何日も遺族と顔をあわせるということはめったにありません。
しかも、こんな風に後日お礼を直接言っていただけることなどはあり得ないことなのです。

 

亡くなった方が教えてくれること

この経験は私が納棺士という仕事に一生向き合っていこうと決心する出来事となりました。

仕事の際にいつも納棺式の様子をメモしているノートがあります
故人様1人1人を忘れないように、日々の仕事に心が流されないように。いつも金メダルを貰えるように努力したいと思っています

私自身は、奥さんとしても、母親としてもどちらかといえばポンコツです
それでも、大切な方を亡くしたご遺族に、何かできることがあるかもしれない。
この仕事にはそんな魅力があります。


悲しみの感情に蓋をした状態の中、漏れ出して出てくる様々な反応には必ず意味がある。
そして、ご遺族が出してくれるサインに気づくことが、私に出来る何かを教えてくれるのです。

納棺式の流れ

 

 納棺式の流れ

死を弔う動物たち

葬儀というものはよく出来ていると思う。
亡くなった者を弔うのは特定の哺乳類だけという話を聞いたことがありますが、身近な誰かを亡くした時の悲しみは動物にもあるに違いないとおもうのです。

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象は死んだ仲間を持ち上げようとしたり、草を口に含ませたりするらしい。
ドイツの動物園ではゴリラが死んでしまったわが子を悲しげに抱き寄せ、背中に乗せ続けた記事がネットで話題になったこともありました。
人間は長く繰り返されてきた大切な人とのお別れの悲しみを『死を弔う』という行為で、自らを癒してきました。

そして納棺士として働いていると、いにしえの人は葬儀という形で悲しみを乗り越える手段を後世へ残してくれたのではないかと感じることがあります。

 

穏やかな顔でお別れをしたい

納棺式は、通夜や告別式とは違い、ごく身近な人たちだけで行う、大切な人とのお別れの場です。納棺士はそのお別れを安心して行っていただく為に、死後の変化を最小限に抑え、生前のお顔に近づけます。
亡くなった方は、死因によって顔色が変わっていたり、痩せていたり、浮腫みがあるなど様々です。

 

50代のお母さんを、亡くされた娘さんは癌で痩せていく顔を見るのが怖くて最後はお見舞いにも行けなかった。とおっしゃられていました。お母さんの顔が含み綿で、ふっくらとすると「ごめんなさい」と顔に触れながら泣かれていました。

亡くなった方の顔が穏やかなことは、ご遺族が死という現実に向き合うためには必要な事なのかもしれません。

 

納棺式の流れ 
納棺式の形は様々です。葬儀社によってはあらかじめ葬儀担当者の手によって棺にお寝かせし死後の処置や着せ替えや旅支度、お化粧などを行い通夜当日にご遺族に確認してもらうだけという事も少なくありません。

これには一部の安置施設や葬祭場の「ご遺体は棺の中に納めて安置しなければならない」というルールも関係しています。

最近では葬儀の簡略化が進み都心では葬儀をせず火葬のみを行う直葬や火葬式もふえています。しかしそれと同時に人間の悲しみに対する反応や家族の絆が薄くなっているとは思えないのです。

葬儀にはいろいろな形があるべきだと思います。生き方が多様化している訳ですから、それは理解出来ます。しかし、火葬だけの葬儀に、死を受け止め、亡くなった方を思う「死を弔う時間」があるのかは疑問です。

 

さて、話は納棺式の流れに戻します。
納棺式の内容はご遺族によって違いますが、大まかな流れがあります
ご自宅での納棺式は私達が伺いご挨拶するところから始まります。
初対面のご遺族に会ってすぐ、その方の1番大切な物に触れるわけですから、第一印象が大事です。
お参りを終えた後、ご遺族の方と簡単な打ち合わせを行います。
故人について何か心配な事がないか、生前と変わっているところはないかをお聞きします。特に 鼻、口元の手当て(口腔内の洗浄や綿を詰めるなどの処置)を行なっていく為、ふっくらとする含み綿が必要か、口元は閉じてしまっていいのかなど、私達納棺士が知らない、故人の雰囲気や普段の表情を、唯一答えを持つ遺族から、ヒントをいただきます。


その後、故人のお体の状態を確認し、必要な処置を行います。
その際ピンセットなどを使いますので手元は見えないよう隠して行ないます。場合によっては別室でお待ちいただくこともあります。
お顔、お体の処置が終わると、立ち会う方みなさんにお集まりいただいて納棺式が始まります。

まずは着せ替えです。
通常、仏式ですと、白い経帷子という着物(仏衣)に着替えをするのですが、最近ではお気に入りの洋服や着物などに着替える方も増えてきました。また、仏衣のバリエーションも増え、羽織が付いているもの、刺繍がしてあるものや、色や絵柄などたくさんある中から遺族が選びます。
この「故人のためにどうするか、考える」は、葬儀の間に、何度もご遺族が行うことになります。この「故人のためにどうするか、考える」が、私はとても大切だと思うのです。

葬儀業界もサービス、ホスピタリティを重視するあまり、提供する側の満足の為だけになってはいないかと思う事もあります。

例えば、亡くなったおばあちゃんが「とらやの羊羹」が好きだったという話が納棺式で出ました。告別式まで時間があるので、明日買いに行こうと盛り上がります。それはいいですね、と私が言うと、後から葬儀担当者からあまり余計なことをするなと注意を受けます。不思議に思い、何故か聞くと、遺族の情報がなく納棺式で出てきた故人が好きな、とらやの羊羹を担当者がサプライズでご遺族へプレゼントしたかったようです。
ご遺族が自身で準備をしたら、他のサプライズをまた、考えなくてはならない・・・。いったい、誰の為のサプライズでしょう。

着せ替えが終わると旅支度を行います。足に足袋、脛に脚絆、手には手甲、首に下げた頭陀袋には六文銭を入れます。ご遺族が冷たい体に一つずつ丁寧につけていきます。冷たい体に触れるのは亡くなったことを突きつけられるようなことです。無理をしないで済むように納棺士がリードします。

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亡くなった人のために何かしてあげること

以前、男手一つで3人のお子さんを育てた大工さんであるお父さんの納棺式をお手伝いしたことがあります。
殺風景な部屋でしたがきちんと整理され、和室の横にはグレーのコンクリートで舗装された土間があり、綺麗に大工道具が並べられていました。息子さんは最初、ぶっきらぼうに「親父との思い出なんてないから棺に入れるものは無いんだ」と話されていました。それでも、何とか関わって頂きたくて一緒に旅支度をして頂きました。

足袋を履かせようとした時、娘さんが、仕事の時に履いていたこだわりの足袋がある事を思い出しました。是非履かせてあげましょうと足袋を探してもらいます。和室の茶色いタンスから出てきた「束の足袋」を見た時は、お子さん達とつい笑ってしまいました。
旅支度の足袋は愛用のものを履かせ、もちろん予備の足袋も棺の中へお入れしいました。

子供達を一生懸命育てていたお父さんの働く背中を今、棺が置いてある和室から見ていた事を思い出した子供達。お父さんとの思い出も結構あるね、と名残惜しそうに棺の蓋を閉めました。

ご遺族の多くは、亡くなった方の為に何かすることで、自分たちの感情の理由と意味を見つけ出していきます。

 

死化粧ってなに?

納棺師ってどういう仕事?と聞かれた時、私は亡くなった方にお化粧や着せ替えをする仕事です。と答えでます。
メインとも言えるお化粧は着せ替え、旅支度を行った後に行いますが、その前にお顔の産毛、お髭を剃っていきます。皮脂などの汚れを取る意味もあり、肌の状態が可能であれば小さな子供以外はお剃りすることでお化粧ののりも良くなり、より自然なお化粧が可能になります。
私達納棺士の化粧はアザや顔色を補正し、その人らしさを感じる自然なお化粧に再形成します。仕上がりを見ると自然であまりお化粧してないように見えるお化粧程、難しく技術がいるのです。亡くなった方が男性の場合は特に配慮が必要になります。

普段お化粧をしていない男性が顔色を整えるため、お化粧したら「きれい」にはなるかもしれません。しかし、遺族が求めているのは亡くなった方のその人らしさ・・・本当に難しいのです。

20年以上納棺士を続けている先輩納棺士でさえ、日々腕を磨くために情報収集やメイク道具や化粧品の研究を続けているのだから死化粧の世界は1度足を踏み入れたら見えないゴールを目指して歩き続けななければならない。

奥が深過ぎる世界なのです・・・。

 

化粧が終わるといよいよ納棺です。

 

棺の中はこの世?あの世?

お布団に寝ている故人は、ご遺族にとってまだ死と生の中間にいる存在なのかもしれません。ご遺族は生きている人に話しかけるように声を掛けます。
納棺はご遺族の手でお布団に寝ている故人を棺の中に移動をします。
棺は厚さ数センチの板でできていますが、このたった数センチの、仕切りの向こう側は、ご遺族にとって死の世界であり棺に入ってしまうと、急に遠くに行ったように感じる方が多いのです。辛い時間でもありますが、同時にもう、大切な人が戻らないという、事実を受け入れなくてはいけない、ご遺族にとってとても大事な時間でもあります。

納棺が終わると棺の中に思い出の品、あの世の旅立ちの為に故人へ持たせたい物を、お入れしていきます。私はこの時間が大好きです。時間が許すならいくらでもお話を聞いていたいぐらい、一人一人全く違う物語があります。

納棺式は1時間〜1時間半ぐらいの短い時間です。しかし、この時間にご遺族は故人との繋がりに気づき、その繋がり=縁を別な形へと繋ぎ直すのです。