最後にありがとうと言えたなら ~亡くなった方が教えてくれたこと~

大切な方とのお別れの仕方をご遺体が教えてくれました

鰻と日本酒


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思い出の品と達人達

私の働いている納棺師の会社では1人の納棺師が年間約500名の亡くなった方のご処置に携わります。
 
たくさんの方の納棺式に立ち会わせていただきました。その中には本当に素敵なお別れの時間を作り出す達人達がいます。
それは葬儀担当者でも納棺士でもない「ご遺族自身」です。
 
達人の共通点は、お別れの時間に何ができるかを知っていることです。
 
わたしの父は62才の時に亡くなりましたが、棺の中に入れるものなど考えていませんでした。今思うと父の好きだった鰹のお刺身や、父がよく握ってくれたぎゅうぎゅうに硬いおにぎりを、最後ぐらい私が作って入れてあげたかった。
一緒に行った旅行の写真、よく歌っていた石原裕次郎の歌詞カード。
たくさん思いつく品物はあるのにどれも入れることが出来ませんでした。
それは、思い出の品を棺の中に入れることを知らなかったからです。
 
 ほとんどの方はお別れの仕方を知らない
小規模な葬儀が増え、身近な人の死が初めて葬儀、という人も珍しくありません。
 
何をしていいかわからない遺族は、葬儀会社の作る葬儀に参加している状態です。私もそうでした。
しかし、遺族自身が葬儀や納棺式で何を出来るかを知ることで、より自分らしいお別れが出来ると、納棺士になって初めて気づきました。
 
元々、お葬儀は大切な方がいなくなったことを遺族が受け入れて、周りの人達と悲しい気持ちを共有し、集まってくれた人達と新たな結びつきを作る場になるように出来ていました。
 
しかし、近年では家族の形態が変わり、身近な人達のサポートが受けずらい世の中になりました。逆に、葬儀会社はご遺族の負担を減らしていく中で本来、遺族がすることに意味がある事までも、代行していることもあります。
 
葬儀、納棺式は故人やご遺族が作るもので、納棺師はそれを叶えるためのサポート役だと私は思っています。
その為には葬儀業界にいる私たちがもっと葬儀の役割やご遺族ができることを伝えていく必要があります。
 

鰻と日本酒

以前、80代の女性の納棺式をしました。ご自宅にお伺いすると大きな家の軒先までたくさんの人が溢れています。
 
ご挨拶を終えパジャマを着た故人のお顔を見ると、黄疸と浮腫がありました。そのお顔は、祭壇に飾られた、黒い留袖姿でキリッと微笑んでいる遺影の写真のイメージとは少し変わっていらっしゃいました。
 
納棺式が始まり、故人さまに黒い留袖を着せ、髪をまとめるとあちこちで、
「ばーちゃんらしいわー」と、声があがります。
 
「よく留袖を着られる機会があったのですか?」と聞くと、私達の仲人さんなのよと、近くにいる遺族の数人から返事を頂きました。
 
まだ、お化粧が、終わっていなかったのですが、集まったご遺族は、代わる代わる留袖姿の故人を見たくて近づいてきます。
 
留袖姿の故人が、皆さんの中の大切な思い出なんだなぁと、皆さんが見終わるのを眺めていました。
 
皆さん、それぞれがお婆ちゃんの結んだ縁で集まった人達でした。
「お陰様で、夫婦仲良くやってます」と声を掛けるご夫婦や、
子供や孫を連れてきて、「こんなに大きくなったよ」と報告する女性。
まるで亡くなった方と会話をしているような、穏やかな時間です。
 
お化粧の前に、お酒が好きだった故人の為に喪主の息子さんが日本酒の一升瓶を用意していました。
 
たくさんのグラスに注がれた日本酒が、立ち会いされている30名ほどの遺族に配られたところで、喪主さんが腰を上げます。
賑やかだった和室の続き間が一瞬静かになりました。
 
「通常、葬儀中は「献杯」ですが、今日は何度も仲人をした母を思って乾杯をしましょう!乾杯!」
 
「乾杯!」
納棺式には相応しくないような明るく大きな声が一斉にあがります。
 
喪主の息子さんは、今度はお母さんに近づき静かな声で話かけます。
「こんなにみんなが集まってくれてお袋は幸せだなぁ。ありがとう」
故人の唇にも喪主から綿棒に含ませた日本酒がのせられました。
 
死化粧は晴れの席に似合う赤の口紅のリクエストを頂きました。
いつも描いていた眉を描きあげると、きりっと、こちらを向いて笑っている遺影の面影が故人の顔の中に現れました。
 
お化粧を終え故人を皆さんの手で棺の中へご移動すると頭の角度のせいか、ほっとした表情になり、遺族からは笑ってるみたいと声があがります。
 
棺の中を整えてドライアイスの処置を行い、皆さんに思い出の品を入れてもらいます。
たくさんの写真や手紙が次々に集まった皆さんの手で入れられていきます。

 

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棺に入れる思い出の品にはいろんなものがあります。ひ孫さん達は、手紙と折り紙の鶴やお花をおばあちゃんのお顔の周りに飾りました。
 
最後に息子さんが入れたのは、小さな紙パックの日本酒と紙に包まれた鰻の蒲焼。
「ずっと食べたかったんだよな、入れたからな」とお母さんの胸の辺りを何度か静かに叩きます。まるで、そろそろ起きて食べなよと言っているようです。

棺の周りには、わさわさと人が集まり思い出話を始めます。

物があまり食べれなくなっても鰻のかば焼きを食べたいと言っていたこと。

日本酒が大好きで、晩御飯にはいつも晩酌をしていたこと。

最後に食べさせてあげたかったこと。

 

納棺士は蚊帳の外でご遺族の話を聞くだけです。

 

死は突然やってきて、今で側にいた人との繋がりが、まるで引き裂かれたり、消えてしまったように感じることもあります。納棺式という時間が、亡くなった方との繋がりが決して無くなったり消えたりしていないことを知る時間になったら

納棺士としてこんな嬉しいことはないと思うのです。