最後にありがとうと言えたなら ~亡くなった方が教えてくれたこと~

大切な方とのお別れの仕方をご遺体が教えてくれました

桜の下の棺

f:id:aki0602:20210329224346j:image

桜の時期に思い出す光景

桜の季節になると、一枚の写真のように思い出す光景があります。
庭に咲いた桜の花。隣接する公園の桜の木と重なり、まるで切り絵のようです。桜の木の下には亡くなったお父さんが寝ている真っ白い棺が置いてあり、その周りで遺族が思い思いに話をしながら笑っています。
まるで映画のようなこんな光景を、一緒に見れるなんて、納棺師の特権だなと思います。
 
80代の男性の納棺式、いつものように担当者さんの後ろから、ご自宅の玄関に入ります。時代を感じる一軒家は、廊下や柱が赤茶色に色を変え艶々していて、きっと大切に住まわれてきたんだろうと感じる素敵なお宅でした。
廊下のつきあたり、縁側がある畳の部屋に亡くなったお父さんが寝ていらっしゃいます。襖を開けて一番先に私の目に飛び込んできたのは、桜の木でした。
木枠の古い引き戸が大きく開いていて、お庭の桜の木がきれいに花を咲かせています。しかもそれだけではなく隣接する公園の桜も見え、きれいに整えられた芝生とその奥に広がるピンク色に圧倒されてしまいました。

「みごとな景色ですね」とご挨拶も忘れて、お父さんの横に正座をしている奥様に声をかけると
「主人の趣味であった庭いじりのおかげで、みなさんにそう言ってもらえるんですよ」と穏やかに微笑んでいらっしゃいます。桜の名所となっている公園は、休日ではないものの、花見シーズンということもあり、すぐそばで小さな子供を呼ぶお母さん達の声が聞こえてきます。

f:id:aki0602:20210329224432j:image

厳しいお父さんの楽しみ
納棺式をはじめようと、ご遺族を呼ぶと50代後半ぐらいの息子さん二人とその奥様、高校生や20歳前後の子供たち(故人のお孫さん)5名が立ち会われ広い和室も少し窮屈に感じるほどでした。

少し広くしましょうと奥様が隣部屋の襖も開けました。するとそこは四方を本棚に囲まれた小さな部屋が現れました。
息子さんが部屋の中に座布団をひきながら「ここは立ち入り禁止だからな、親父怒るかもな」と笑ってます。
「すごい本!書斎ですか?」そう聞くと
「父は日本文学の先生だったからね、この部屋にいるときは、ご飯だと声をかけても出てこなかったし、子供のころはここは父だけが入れる特別な場所だったんですよ」と息子さんが部屋をみまわしながら答えてくれました。

「口数も少ない人だから、子供たちにとっては、どこか怖い存在だったかもしれませんね」
奥様がいうと息子さんたちも笑いながら同意します。
 
好きだった深い紺色の着物に着替えると「先生」らしく凛とした姿にご遺族の方々がホッとしたのか、会話が多くなりました。

口数の少なかったお父さんですが、家族が集まる恒例の花見をとても楽しみにしていたようです。孫が好きなあの料理を作ってくれと奥様に料理のリクエストしたり、毎年とっておきのワインを出してきたり、人数分の椅子を庭に用意したりと、体が動くうちは、お父さんが全て取り仕切って行う恒例行事でした。
老人ホームに入ってからもこの時期はお花見をしに帰宅していたようです。毎年撮った集合写真まで並べて見せてくれ、納棺式がなかなか進みません。
しかし、いつもの流れをふっ飛ばしてでも、聴きたい話でした。そして、ご遺族にとっても今話さないといけない、思い出でした。
皆さんで写真を見ながら盛り上がっているところで、私は会話から離れて納棺の準備をすることにしました。
 
実は部屋の入り口の作りが狭く、縁側から棺を入れようとあらかじめ準備をしていたのですが、花見の話を聞いていた担当者さんが、私にだけ聞こえる声で「ここに置いちゃおうか」とニヤっと桜の花の下に棺台を置きました。
その、いたずらを思いついたような顔と同じ顔で、「花見と言ったらお酒ですよね」と私は祭壇に飾ってあるワインを小さく指さしました。お父さんが好きだったワインです。
 
その提案を、担当者さんがご遺族に話すと、お孫さんたちが「おじいちゃんと花見できるの!?」と驚いたような声を上げていましたが、皆さん次々に玄関から靴を持ち庭へ移動します。棺にお父さんを移動して棺の中を綺麗に整えたところで、私は退席することになりましたが、花見はまだまだ始まったばかりです。
 
桜の木の下には、亡くなったお父さんが寝ている真っ白い棺が置いてあり、その周りでご遺族が思い思いに話をしながら笑っています。

お父さんとの最後のお花見。

映画だったら、きっとエンドロールが流れているに違いありません。

 

桜には大切な人との思い出があります。楽しい思い出があるからこそ、そばに大切な人がいないと桜の時期が辛く感じてしまうこともあります。

 

私の父は、ゴールデンウィークの頃に亡くなりました。両親が住んでいた仙台は桜がまだ咲いている頃です。

母は病院に行くたびに、涙を流さない様に病室の前で深呼吸して、今日何を話そうかと考えてドアを開けていたと話していました。

なるべく明るい話をしたくて、毎年行っていた桜の話をすることもありました。

「今年も見に行きたいね」と。

ある日父は、自分がもう桜を見れないのを感じたのかもしれません。母に「もう、桜の話はしないで」 と言ったそうです。その話を聞いた時、私は父や母がそんな辛い時間を過ごしているのかと涙が止まらなくなりました。

 

だから、桜をみると今でも私の心の中にはチクンと痛む場所もあります。

 

毎年綺麗に咲く桜。すぐに散ってしまうけど、桜の咲く時期には大切な誰かと、一緒に綺麗な桜を見たくなります。