納棺式という時間を知っていますか?
納棺式という時間を知っていますか?
突然のお別れ
お布団に寝ているご遺体の男性は98歳。
昨夜、夕ご飯を食べた後、8:00にはいつもの様にお布団にはいり、12時間後の今朝、同居の息子さんが冷たくなっているお父さんを発見しました。
98歳と言えば一般的には大往生。しかし、家族にとっては突然の悲しいお別れです。
夜中にトイレで起きたとき、様子を見に来ればよかったんだよな・・・。
喪主の息子さんは独り言のようにつぶやきます。家族の動揺とは裏腹に、故人は白い髭を顎の下に蓄え口をあけて気持ちよさそうに寝ているようです。
近所に住む親せきや、夏休みということもあり孫、ひ孫たちも急の訃報に20名近くが集まっています。
納棺士と葬儀会社から来た担当だけが、^_^ネクタイを付けて暑そうに何度もハンカチで額を拭いています。全員が今から何が始まるのかと、不安と懐疑の中、納棺式が始まります。
尺八の先生をしていたということで、演奏会の際に着ていた、紋付袴へお着せ替えをし、お口を閉じた後、お化粧にて血色を足し、髭を整えます。
先ほどまでパジャマで寝ていた故人は、舞台の上で尺八を吹いている姿が想像できる立派な姿になり、家族の手で棺へ納められました。
あの世とこの世の間
棺の周りに皆が集まり、棺の中の堂々と横たわる故人の横に尺八を収めようとした時、雷がなり大粒の雨が軒をたたき始めました。周りにいた、お孫さん、曾孫さんたちは一斉に縁側に駆け寄りキャーキャーと声を上げながら地面に叩き付ける雨の様子を眺めては棺のある和室へと戻ります。
外の視界は、先ほどまでの夏のはっきりとした色彩から、すべてがぼやけた灰色になり、まるで非日常の空間と日常の空間が曖昧になって、一つに混ざり合ったような光景でした。
このぼやけた情景の中、亡くなった方をあの世へ送り出す準備をするこの時間がまるで生と死の間のような気がしました。
「孫たちに曾じいちゃんの立派な姿をみせられて本当に良かった」
雨の音に消されそうな声で喪主の息子さんがおっしゃいました。
納棺式とは
納棺式で家族から「こういう式は初めて経験しました」という言葉とよく聞きます。
一般的に葬儀というと、通夜と告別式を思い浮かべる方が多いと思いますが、納棺式を挙げる方は、少ないと思います。
まず納棺式は、必ず行うものではありません。昔は亡くなった方を、家族やご近所の人がタライにはったお湯(逆さ水)でお体を洗い、白い着物へと着せ替えをして、旅支度を整えたのち棺へとお納めしました。鼻や口には綿が詰められ、口も開いていることがあたりまえでした。
時々、昔葬儀で見た祖父母の最後の死に顔が忘れられない。とおっしゃる方もいます。そして鼻の穴を下から覗き込んで不思議そうに「最近は綿をつめないの?」と。
いえいえ、しっかりとお詰めしています。見えないように。
このように、亡くなった方を、きれいな状態にする納棺師という職業が、生まれたのは1954年に北海道で起こった死者・行方不明者1,155名の犠牲を出した洞爺丸の沈没事件がきっかけと言われています。被害者があまりに多いため葬儀社が函館の住民に遺族への引き渡しのお手伝いを依頼しました。そこで遺体を綺麗にすることで遺族が喜んだのをみて納棺師という専門職が生まれたと言われています。
その後、葬儀会社が遺族へ生前に近い状態での身近な人とのお別れの時間を納棺式として提供するようになるのですが、その提供の仕方は様々です。
まずは納棺式をするタイミングですが、これは亡くなった方と遺族次第、いつでもいいのです。ただ大きく分けると次の2つのパターンが多いです
① 通夜・告別式の前
② 自宅安置後
① のパターンは、やはり人が集まるタイミングで納棺式を行う場合には通夜や告別式の前におこなうこと通夜や告別式で弔問される、皆さんに綺麗なお顔で対面してもらいたいという意味でこのタイミングにする方も多いようです。
② のパターンは自宅で何日か過ごされる場合が多く、一緒に過ごす時間をより穏やかなお顔で過ごす為、また、死後の変化を最小限に抑え必要がある場合終的に通夜告別式の前に再度メイクの手直しをする。
火葬までの日にちが長い時は何度かメイク直しをするのをお勧めするのですが、やはりお金がかかることなのでそこも含めて、考える必要があるといえます。
納棺式の内容は
・ご遺体への処置
・清拭による洗体
・着せ替え
・顔そり・整髪
・納棺
・ドライアイス処置
納棺式の内容はこういったものが主となりますが、どこまでご遺族が立ち会えるのかは依頼する葬儀社によって様々です。すべて葬儀社が行い、最後の確認だけご遺族が行う葬儀会社もあれば着せ替えまでは隠して行い残りの時間をご家族と一緒に行うこともあります。
なかなか知られていない「納棺式」というお別れの時間。
お葬儀という慌ただしい中で、ゆっくりと大切な方との思い出を振り返ることで、皆さんにとって特別な時間になればと、納棺師として日々お手伝いをさせていただいてます。