最後のお出かけに着ていく服は?
映画「おくりびと」で本木さんが納棺師という職業にスポットライトを当ててくれたのは、もう、10年以上も前の話。
綺麗な所作で着物を着せる姿を見て、全ての納棺師がご遺族の前で着せ替えが出来るかというと、実はそうではありません。
大抵の納棺師は2名で1人が体を支え協力しながら着せ替えを行います。ご希望がない場合はご遺族が立ち会わない準備の時間に行う事がほとんどです。
数少ない、見せる着せ替えを行う納棺会社に私が席を置いているのは、ご遺族との着せ替えに私自身こだわりを持っているからです。
ご遺族の多くは不安を抱えています。初めてお会いする家族に、は心を開いて貰うためには、なるべく多くの時間を一緒に過ごし、この人なら大丈夫と思って頂く必要があります。
そのためには故人と遺族が離れている時間を、最小限にし、皆さんに見ていただきながら、もしくは手伝って頂きながら過ごしてもらいたいのです。
美しい所作に見える着せ替えには、実はあちこちに優しく見えるような工夫が仕掛けられています。
あんなに大切に扱って貰えたら母も喜んでくれると思います。そんな言葉をかけて頂くとなんだか、嬉しくなります。
私たち納棺師は、葬儀会社やご遺族の依頼がある際に、お着せ替えを行います。
浴衣や、既に着替えている洋服のままでいいと考えている方もいらっしゃいますので、着せ替えするか、しないかは、自由に選択することが出来ます。
1番多い着せ替えは、白い「経帷子」と言う着物に着せ替えをし、旅支度を付けます。足元から足袋。脛には脚絆。手には手甲数珠をつけ、首から六文銭が入った、ずだ袋をかけます。
これまでに、何度かご自身で縫われた白装束と旅支度を、ご用意されいた方もいらっしゃいました。
武田信玄は戦いに向かう覚悟を表す為に、三途の川の渡賃と言われる六文銭の家紋を掲げ戦場に向かったと言われていますが、どんな思いでご自身の死装束を作ったのか、戦国武将の凛とした潔さを感じます。
最近は白装束にこだわらず、好きなもの、印象に残っている物を着せる方も増えてきました。
納棺師としてご遺族のサポートをしていると、着ている物は、その人のアイデンティティであると感じる事があります。
着ていた物がお父さんらしさ、お母さんらしさおじいちゃん、おばあちゃんらしさを表す、大切な要素なのです。
皆さんはハワイの民族衣装のムームーをご存知ですか?ゆったりとしたワンピースで健康ランド?などで着る華やかなお着物です。
亡くなったのは68歳の女性。喪主の娘さんはハワイ在住で、大きな花柄の赤いムームーをご持参されました。
お着せ替えを終え、棺の中にご移動すると、娘さんが亡くなったお母さんの首へ、生花のレイをかけました。
花の香りが棺いっぱいにひろがります。
お写真には同じ姿でハワイの海と夕日の中で娘さんと幸せそうに微笑む故人が写っていました。その幸せの時間を切り取ったように棺に寝ている故人は、先程までのパジャマ姿とは別人のようです。
最近は、亡くなった方に様々な着物を着せるようになったぶん、私達を悩ませるものは体型の変化です。
70代女性の納棺式では、ダンスをしていたお母さんに着てもらおうと喪主の息子さんが持ってきたのは、素敵な赤と紫の衣装。
話を伺うと20年前ものでパッと見ただけで入らないことはわかりました。それでも息子さんはお母さんに白装束を着せたくないという要望もあり「おりゃー」って感じでお着せしました。
後ろのチャックは開いているものの、布団から見える胸元は、華やかです。
「これであの世で会って怒られることはないな」と息子さんが笑いながら棺の中のお母さんに話かけました。
逆に病気でお痩せになる方もいらっしゃいます。
恰幅のいいお父さんに当時着ていたダブルのスーツを着せると、こんなに痩せてしまったんだねと、ショックを受けられる方もいらっしゃいます。
お腹の凹みを隠すために、綿をお腹の上に置きワイシャツ、ズボンをはかせますがスーツがとてもおおきく感じます。
それでもネクタイをしめてる姿が皆さんの中にあるお父さんなのです。
その人らしい服でお別れをする。
そして、ご生前の姿を思い出しながら皆さんで大切な方のお話しをしてほしい。
亡くなった方もきっとそう思っているに違いないと思うのです。